ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

砥部焼の誕生その1

印刷用ページを表示する掲載日:2022年1月4日更新

砥部焼きの誕生1775(安永4)年大洲藩は干ばつによる農作物の不作や、江戸藩邸の火事などで勢いがありませんでした

干ばつ:長く雨が降らず、水がかれてしまうこと

そこで産業をおこし、豊かな国をつくろうと、砥部での磁器づくりを計画しました

磁器:原料は陶石。陶器と比べて硬く、焼成温度が1300度と高いことが特徴です。

わが藩でも磁器をつくってみよ 藩主・加藤泰候 ははーっ 奉行・加藤三郎兵衛

磁器か

治兵衛なにかよい知恵はないものかのう 砥部の北川毛村や大南村では陶器をつくっているというが

天草では砥石クズから磁器をつくっております 大洲藩・御用商人 和泉屋治兵衛

砥石をいえば砥部の外山が本場じゃぞ! これはひょっとしたらいけるぞ!

外山の砥石:外山の砥石山(大洲藩所有)から、オソ越の峠を通り、郡中から船で大阪に運び売られました。

と、いうわけでそなたら2人に藩の将来がかかっておるのじゃ 金治の財力と才能、丈助の情熱で磁器をつくってくれ

かしこまりました 上麻生村 大洲藩・御用商人 門田 金治

丈助 水争いの時のそちの誠実さ、おぼえておるぞ!

右矢印次をみる